おすすめ書籍

福岡・博多関係
博多歴史散歩―二千年のあゆみ(白石 一郎著/創元社)
  1. 奴の国
  2. 那の津
  3. 鴻臚館の盛衰
  4. 袖の湊
  5. 蒙古襲来
  6. 博多と堺
  7. 戦国商人
  8. 藩政時代
アクロス福岡文化誌3 古代の福岡(アクロス福岡文化誌編纂委員会/海鳥社/2009)
はじめに
総説 古代福岡の歩みと対外交流
福岡のあけぼの
伊都国の遺跡
奴国の遺跡
検証 不弥国
邪馬台国の謎
沖ノ島と津屋崎古墳群
岩戸山古墳と八女古墳群
装飾古墳の世界
大宰府と西海道
山城と土木技術
豊前の寺院と官衙
福岡考古学者列伝
福岡県のことば(明治書院)
福岡の方言を体系的に書いてあるので、興味のある方は読んでください。
  1. 総論
  2. 県内数地点の特徴
  3. 方言基礎語彙
  4. 俚言
  5. 生活の中のことば
博多ことば(江頭光/葦書房)
博多弁の単語集です。
博多学(岩中祥史著/新潮文庫)
こんな見方もあるのかと、目から鱗が落ちました。
博多―町人が育てた国際都市(武野要子/岩波新書)
  1. 金印発見の地
  2. 元寇の舞台
  3. 豪商たちの世紀
  4. 博多と福岡
  5. 博多町人気質
  6. 博多ごりょんさんの生活史
古地図の中の福岡・博多(福岡アーカイブ研究会編集/海鳥社)
日本語関係
日本ふるさとことば集成(国立国語研究所)
CD-ROM付きで、実際の方言による会話が聞くことができます。
日本の方言(柴田武/岩波新書)
(本文引用)...人のことばにナマリがあるかどうかをとりあげるのは、人の顔にあざがあるかどうかを問題にするのと同じだ。だから、ナマリを笑うのは人の顔について笑うのと変らない。そういう考えが教養ある人々に広く行き渡っている。ナマリにしても、人の顔にしても、人の痛いところを突くわけで、これに関心を持つことは「趣味が悪い」とされるのである。みんながそういう考えになれば、方言を笑うということはなくなるはずである。...
  1. 方言とは
  2. 方言の分布
  3. 方言で生活できるか
  4. 方言コンプレックス
  5. 方言から共通語へ
  6. 方言は今後どうなるか
日本の方言地図(徳川宗賢/中公新書)
  1. 方言の分布
  2. 物とことば
  3. ことばの誕生と変化
  4. 文献国語史と方言
  5. 標準語の地理的背景
江戸語・東京語・標準語(水原明人/講談社現代新書)
  1. 江戸ことばとは何か?
  2. 江戸ことばから東京語へ
  3. 東京ことばと標準語
  4. 標準語の普及とラジオ放送
  5. 変わりゆく東京語と標準語
日本語(上・下)(金田一春彦/岩波新書)
    上巻
  1. 世界のなかの日本語
  2. 発音から見た日本語
  3. 語彙から見た日本語
  4. 下巻
  5. 表記法から見た日本語
  6. 文法から見た日本語(一)
  7. 文法から見た日本語(二)
  8. 日本人の言語表現
  9. 日本語はどうなるか
日本語と外国語(鈴木孝夫/岩波新書)
(本文引用)...問題は、日本で出版されている英和辞典だ。いまでもほとんどが、orangeの見出しに対して、果物としてのオレンジ、蜜柑、橙(だいだい)などをあげ、形容詞としては、これもオレンジ色、蜜柑色、だいだい色といった説明にとどまっている。これでは日本人の学習者が、英語のorange色と日本語のオレンジ色の違いに気付かないのも無理はない...
  1. ことばで世界をどう捉えるか
  2. 虹は七色か
  3. 日本人はイギリスを理解しているか
  4. 漢字の知られざる働き(1)
  5. 漢字の知られざる働き(2)
日本語はおもしろい(柴田武/岩波新書)
(本文引用)...おそらく「共通語」のことに関心のあるすべての人が「トーキビ」ではなく、「トーモロコシ」が共通語だと考えていると思う。そこには、表に出ない基準が働いている。「トーモロコシ」は、東京という首都のことばだという基準である...
  1. 人間
    自分のことばに返る
    無視できない話者語源
    全国語・みやこ語・共通語
    長くない外来語の長音
    学術用語の課題は日本語の課題
    索引はよく間に合うガイド
  2. 言語
    味覚・料理のことばの三角柱
    オノマトペの宮沢賢治
    桃太郎の日本語
    清少納言の「春はあけぼの。」
    高利と小売りは違うぞなもし
    符牒はどこまで隠語か
  3. 変動
    目立たないアクセントを目ざす
    複数回答に時間的変化を見る
    折れ曲る十代のことば
日本語の変遷(金田一京助/講談社学術文庫)
(本文引用)...言語というものは、時代から時代へ不断に変遷をする。従って、それを支配する法則、すなわち文法的事実もまた変化をするのである。さればこそ、記述文法の所説に我々の満足し得なかった理由がある。記述文法はただ記述するばかりで、しかも往々事実を枉げさえもするが、少しも説明を与えないから、実に、記述文法から一事を学ぶごとに『それはなぜだろう』という解け難い新疑問に逢着するばかりだったのである。
まえがき
第一 日本語の変遷
第二 規範文法から歴史文法へ
第三 新国語の生みの悩み
第四 日本語の特質
漢字と日本人(高島俊男/文春新書)
(本文引用)...戦後の国語改革――かなづかいの変更、字体の変更、漢字の制限――がもたらした最も重大な効果は、それ以後の日本人と、過去の日本人――その生活や文化や遺産――とのあいだの通路を切断したところにあった。…(中略)…かなり多くの国語審議会委員たちは、技術的なこと程度にしか考えていなかった――けれども、実際には、思いがけなかったほどの強い切断効果を生んだのであった…(中略)…事態がはっきりして、ことの重大性が多くの人にわかってきたのはおおむね昭和三十年代になってからだった。知識人たちはある程度まとまって、国語改革に反対し、撤回を要求しはじめた…(中略)…しかしすでにおそかった。政府が、十年も前にきめたことを撤回するはずがなかったし、何千万人という子どもがそれで教育され、育ちつつあった…(中略)…知識人たちの戦いは、涙がこぼれるほど悲惨なものだった。いかにその言うことが正しくても、論理的に文部省を打ち破っていても、日本の文化の継続にとって致命的であることを論証しても、何の効果もないのである...
第一章 漢字がやってきた
第二章 日本人は漢字をこう加工した
第三章 明治以後
第四章 国語改革四十年
終 章 やっかいな重荷
翻訳語成立事情(柳父章/岩波新書)
(本文引用)...ところで、societyの翻訳語として、どうして「社会」だけが残ったのだろうか。古くからの日本語である「交際」や「世間」などは、societyとは意味がずれていたからだ、ということは一応考えられる。が、意味の共通部分も確かにあったのである。これに対して、「社会」は、ほとんどsocietyの翻訳のための新造語に等しい。古い漢語ではあるが、日本での用例はきわめて稀であった。…(中略)…このころつくられた翻訳語には、こういうおもに漢字二字でできた新造語が多い。とりわけ学問・思想の基本的な用語に多いのである。外来の新しい意味のことばに対して、こちらの側の伝来のことばをあてず、意味のずれを避けようとする意識があったのであろう。だが、このことから必然的に、意味の乏しいことばをつくり出してしまったのである。…(中略)…文脈の中に置かれたこういうことばは、他のことばとの具体的な脈絡が欠けていても、抽象的な脈絡のままで使用されるのである...
  1. 社会 societyを持たない人々の翻訳法
  2. 個人 福沢諭吉の苦闘
  3. 近代 地獄の「近代」、あこがれの「近代」
  4. 美 三島由紀夫のトリック
  5. 恋愛 北村透谷と「恋愛」の宿命
  6. 存在 存在する、ある、いる
  7. 自然 翻訳語の生んだ誤解
  8. 権利 権利の「権」、権力の「権」
  9. 自由 柳田国男の反発
  10. 彼、彼女 物から人へ、恋人へ
蝸牛考(柳田国男/岩波文庫)
(本文引用)...蝸牛は雨の降る前になると、角だか貝だかを鳴らしてカタカタという音をさせる。そうしてその形は錘(つむ)と似ているからカタツムリだというなどは、語原論と言おうよりも、むしろ落し話の方に近いと評してもよい。...
改訂版の序
初版序
言語の時代差と地方差
四つの事実
方言出現の遅速
デンデンムシの領域
童詞と新語発生
二種の蝸牛の唄
方言転訛の誘因
マイマイ領域
その種々なる複合形
蛞蝓と蝸牛
語感の推移
命名は興味から
上代人の誤謬
単純から複雑へ
語音分化
訛語と方言と
東北と西南と
都府生活と言語
物の名と知識
方言周圏論
蝸牛異名分布表
〔付録〕
蝸牛異名索引
蝸牛異称分布図索引
蝸牛異称分布図
国語改革を批判する(丸太才一編著/中公文庫)
(本文引用)...話し言葉と書き言葉の文体を近づけ、日本語をできるだけひとつの言葉にしようとする、その理念は正しいとしても、しかし、それを実現する努力の手順は、まさに正反対でなければならないであらう。私たちは、話すやうに書くことを理想とするのではなく、むしろ、日常の会話のなかでもできるかぎり書くやうに話し、話し言葉で書き言葉を写すやうに努めなければならなかったのである。(山崎正和「『日本語改革』と私」より)
国語改革の歴史(戦前) 大野 晋
国語改革の歴史(戦後) 杉森久英
現代日本語における漢字の機能 岩田麻里
国語改革と私 入沢康夫
「日本語改革」と私――ある国語生活史 山崎正和
言葉と文字と精神と 丸谷才一
わたしの表記法について
付録Ⅰ 歴史的仮名づかひの手引き
付録Ⅱ 和語と字音語の見分け方
解説 高島俊男
私の國語敎室(福田恆存/文春文庫)
(本文引用)...たしかに讀み書きは大切です、出來ないよりは出來たはうがいい。が、その結果として、それが出來るもののはうが、敎育のあるもののはうが、より文化的で、より敎養があるといふ考へ方をもつやうになるくらゐなら、私はむしろ讀み書きなど出來ないはうが氣がきいてゐると思ひます。封建時代の支配階級が文字を「權力のバリケード」にしたといふのなら、その文字を易しくすることよりもまへに、そんなものは「バリケード」にならぬといふ文化意識を國民に植ゑつけたはうがいいではありませんか。それぞれの生き方、人柄、性格、才能、さういふものを知識や讀み書きより重んじ信じることから、文化の深みといふものが生じるのです。...
第一章 「現代かなづかい」の不合理
第二章 歷史的かなづかひの原理
第三章 歷史的かなづかひの習得法
第四章 國語音韻の變化
第五章 國語音韻の特質
第六章 國語問題の背景
追記
付錄 福田恆存全集覺書四
解說 市川浩
日本語観察ノート(井上ひさし/中公文庫)
(本文引用)...ほかにも役所の文書の癖はありますが、とりあえず右の四つから、わが国の官僚の精神像を素描すると、次のようになります。 〈自分たちにはわからないということを隠すためにいっそうむずかしく表現して国民を煙に巻き、一方、わかり切ったことをわざわざむずかしく表現してみんなを面倒がらせ、それによって自分たちを堂堂として、おごそかで、いかめしい存在に見せたがる人たち〉 でも、これはお役人だけではなく、たとえば去年も世間を騒がせたインチキ宗教の教祖たちの性向でもありますね。...
  1. 漢字の増殖能力
  2. 文章上達のコツ
  3. 異言語習得トレ
  4. 言葉の経済性
  5. コントのツボ
  6. お役所の素直なせりふ
日本語の美(ドナルド・キーン/中公文庫)
(本文引用)...明治中期あたりから日本は「神秘」な国だという評判が西洋ではやった。「日本人は何を考えているか分らない」というきまり文句があって、日本を知ろうとする努力はどうせ無駄だという常識になり、しまいに一種の気休めになった。(…中略…)しかし、最も困ったことには日本人も自分たちが神秘であると信じるようになったことである。(…中略…)日本人は自分たちが神秘で不可解だと信じるようになってから日本のことを説明する労力を惜しむことが多い。それと、海外でこんなに日本が誤解されているというマゾヒズムに似た喜びを味わうようになった。外国人が川端康成の文学を愛していると聞くと、一部の日本人はこの事実を嘆いて、「外国人はどうして花鳥風月を呼び起すような日本文学にしか興味を持っていないのか」と聞く。(…中略…)ところが、谷崎、川端、三島が現代の日本を代表していないとすれば、誰の作品を推薦するかと私の方から尋ねると、不明な返事しか返ってこない。要するに、「花鳥派」を否定する日本人も「本当の」日本の姿を伝える小説をなかなか挙げられない。 ...
  • 禁酒の時代
  • 国際人志願の方々へ
  • 明治時代の文章
  • 漢字廃止論
  • 日本語廃止論
  • 言葉の永遠性
  • 方言と文学
  • 方言賛否
  • 外来語の氾濫
  • 国際語としての日本語
  • 日本語が国際語になるまでに
  • 四季の常套句
  • 正月を迎えて
  • 技師の義姉の義歯
  • 生そばに生ビール
  • 君の名は(一)
  • 君の名は(二)
  • 君の名は(三)
  • 君の国の名は
  • 笑顔で迎えること
  • 色付きの文字
  • 書道の話
  • 読みにくい字
  • ありがとうございます
  • 三島由紀夫の演劇の翻訳
  • 『芝居日記』の底に流れるもの
  • 阿部公房の儀式嫌い
  • 本物の天才 阿部公房
  • ライシャワー教授のこと
  • 司馬さんと私
  • 中村紘子さんのこと
  • ローマ字でしか書けなかった啄木の真実
  • 徳田秋声 人と作品
  • 米国で私を育ててくれた「日本思想史」の角田先生
  • トルファン・敦煌 美術の旅
  • 「逃亡」ともいえる生き方
  • 私と映画
  • 「死」を語る
  • 能・狂言はどういう芸術か
  • 日本文学に期待するもの
  • ライフワークの後で
  • 日本語の論理(外山滋比古/中公文庫)
    (本文引用)...外国語は母国語とまったく異なった次元において学習されるべしとするのが外国語論の前提である。この異なった次元という条件さえ満たされれば、もちろん、外国語が下手より上手がよいにきまっている。よりよく読めた方がよい、よりよく書けた方が望ましいのは言うまでもない。ただ、そういう外国語習得の努力が母国語と同じ次元において行なわれてはこまるのである。母国語の犠牲においてのみ身につくような外国語は、二重言語である。それはわれわれの精神を真に拡大することにならない。言語生活において、外国語と母国語の総和が普通人の母国語に等しいような、そういう外国語学習は悪い二重言語である。外国語がわれわれにとって言語的世界の純増になるには、母国語の世界を犯さないということが必要である。...
    • 日本語の論理
    • 日本語と創造性
    • 文章構成の原理
    • 思考の組み立て
    • 日本語の姿
    • 日本語点描
    • 言語と思考
    • 外国語の学習と思考
    • アイランド・フォーム
    • エレガントな対立
    • 外国文化三つの顔
    • 外国語論
    • 映像と言語
    • 映像と言語の二重文化
    • 不同調の美学
    国語学原論(上・下)(時枝誠記/岩波文庫)
    (本文引用)...ソシュールが摘出した「言語(ラング)」は、決してそれ自身一体なるべき単位ではなく、又純心理的実体でもなく、やはり精神生理的継起的過程現象であるといわなければならない。言語表現に於いて、最も実体的に考えられる文字について見ても、それが言語と考えられる限り、それは単なる線の集合ではなく、音を喚起し、概念を喚起する継起的過程の一断面として考えられなければならない。若しこれを前後の過程より切離して考える時、それは既に言語的性質を失うことになる。かくの如く、言語に於いては、その如何なる部分をとって見ても、継起的過程でないものはない。継起的過程現象が即ち言語である。かかる対象の性質を無視した自然科学的構造分析は、従って対象の本質とは距ったものを造り上げることになる。ソシュールの「言語(ラング)」の概念は、かくの如き方法上の誤の上に建てられたものであった。...
    (上)
    第一篇 総 論
    一 言語研究の態度
    二 言語研究の対象
    三 対象の把握と解釈作業
    四 言語に対する主体的立場と観察的立場
    五 言語の存在条件としての主体、場面及び素材
    六 フェルディナン・ド・ソシュールFerdinand de Saussureの言語理論に対する批判
    七 言語構成観より言語過程観へ
    八 言語の構成的要素と言語の過程的段階
    九 言語による理解と言語の鑑賞
    十 言語の社会性
    十一 国語及び日本語の概念
    十二 言語の史的認識と変化の主体としての「言語(ラング)」の概念
    第二篇 各 論
    第一章 音声論
    第二章 文字論
    第三章 文法論
    (下)
    第三章 文法論〔承前〕
    第四章 意味論
    第五章 敬語論
    第六章 国語美論
    国語学原論 続編(時枝誠記/岩波文庫)
    (本文引用)...言語過程説においては、言語は人間の行為であり、従って、それは、また、当然、文化の一つである。文化の歴史は、自然史のように、樹幹図式によって把握されるべきものでなく、河川図式によって把握されなければならない。一本の川には、水源を異にした大小幾多の支流が流れ込んで、下流の大をなしている。そこには、種々様々な土質が流れ込んでいるに違いない。それらの構成分子を分析し、それらがどのように組合わされて、下流を成しているかを明かにすることが必要である。我々が知りたいのは、源流の奥の水源ではなくして、我々が、今、立っている下流についてである。すべての文化的記述は、下流の形成を明かにすることであって、そのために、上流への遡行も意義があるのである。言語史研究も、これと同じでなければならない。...
    第一篇 総 論
    一 『国語学原論正篇』の概要と『続編』への発展
    二 言語過程説の基本的な考え方
    三 言語過程説における言語研究の方法
    第二篇 各 論
    第一章 言語による思想の伝達
    第二章 言語の機能
    第三章 言語と文学
    第四章 言語と生活
    第五章 言語と社会及び言語の社会性
    第六章 言語史を形成するもの
    西洋人の日本語発見(杉本つとむ/講談社学術文庫)
    (まえがき引用)...本書は過去における外国人、具体的にはポルトガル人、ロシア人、オランダ人、アメリカ人らの日本語観、日本語研究をとりあげて、その価値ある業績を世に紹介したいと考えて執筆したものである。本書によって、ヨーロッパやアメリカの人びとがいかに苦心して、日本語を学習し、かつ日本語の本質にせまらんとしたか、その苦難と真剣な日本語への学究の歴史が了承されると思う。日本人だから日本語がわかるなどと錯覚をおこし、外国人は日本語がマスターできぬときめつける日本人の思いあがりに、反省材料を与えることができれば、筆者の目的は達したことになる。...
    第一章 吉利支丹の世紀と日本語の世界
    第二章 魯西亜人とその日本語学
    第三章 オランダ人とその日本語学
    第四章 J・J・ホフマンとその日本語学
    第五章 十九世紀ヨーロッパの東洋学者と日本語学
    第六章 幕末、宣教師と日本語研究
    百年前の日本語 ――書きことばが揺れた時代(今野真二/岩波新書/2012年)
    (本文引用)...ある語の「表記形」が一つであるということは、語と「表記形」とが一対一の対応を形成しているということであり、それはそれでもちろん評価できる。しかしそれは、「使う漢字の範囲」が定められ、かつ漢字ごとの「音訓」が定まっていなければ実現しにくい。つまりそのようなことが人為的に定められていなければそうはならないということである。…(中略)…少なくとも表記に関していえば、現代のような状態になったのは、日本語の長い歴史の中で、ここ百年ぐらいの間であり、それまでは、「揺れ」の時期がずっと続いていた。現在が日本語の歴史の中ではむしろ特異な状況下にあるのだが、現代に生きるわたしたちには、それがわかりにくい。そして、例えば一つの語に幾つもの書き方があった明治期が奇異なものとみえる。...
    第一章 百年前の手書き原稿――夏目漱石『それから』の自筆原稿
    第二章 「揺れ」の時代――豊かな明治期の書きことば
    第三章 新しい標準へ――活字印刷のひろがりと拡大する文字社会
    第四章 統一される仮名字体――失われた選択肢
    第五章 辞書の百年――辞書を通してみた日本語の変化
    第六章 おわりに――日本語が得たもの、失ったもの
    ことば関係
    ことばと文化(鈴木孝夫/岩波新書)
    (本文引用)...私たちが異った文化に、しかも限られた範囲で接するときは、個々の文化要素を統括する全体の構造がつかめることは稀であり、多くの場合、自分が出会う一部、または特殊な実例を、一般的に拡大してしまう傾向があるということである。しかもこの一般化は、必ず自分の文化の構造に従って行われるということが問題なのである...
    1. ことばの構造、文化の構造
    2. ものとことば
    3. かくれた規準
    4. ことばの意味、ことばの定義
    5. 事実に意味を与える価値について
    6. 人を表わすことば
    日本人はなぜ英語ができないか(鈴木孝夫/岩波新書)
    (本文引用)....今度はフランスの子供たちが、たとえば『里見八犬伝』の物語を、フランス語で楽しむようなことがあっても、悪くないはずでしょう。どうして現状ではそうなっていないのかといえば、これまでのフランスについての日本人の勉強や研究が、フランスそのものを知り、日本にはない優れたものをあちらから取り入れるということだけに集中していて、お返しに日本の優れたもの、世界に誇るべき日本人の言語文化財を、フランス人にも楽しんでもらおうという、発想も余裕もなかったからです。..
    1. 外国語に憧れる日本人
    2. 何を目的に外国語を学ぶか
    3. 英語の三変種
    4. 外国語教育をどう改革するか
    5. 英語が身につく授業とは
    6. 英会話の学習にひそむ問題
    7. 日本式英語の必要
    8. 英語で日本文化の発信を
    英語はいらない!?(鈴木孝夫/PHP新書)
    (本文引用)...日本が国際社会で生き残っていくためには英語がもっとできなければいけないと言いだした人たちは、さきに指摘したように明治のときと同じく日本の指導者、エリート階級なのです。だからエリート階級が英語ができなくて国際的な場面で困っている、日本の国益が損なわれているということならば、何よりもまず、そのエリート階級を対象とした大改革をやるべきだというのが私の考えです。...
    序章 金力政治から言力政治へ
    第一章 英語の怖さを知らない日本人
    第二章 言語はどのように国際語となるか
    第三章 日本人には英語はいらない!
    第四章 英語を学ぶ資格ありますか
    第五章 新国際語・イングリック入門
    第六章 真の国際人になるために
    第七章 日本はなぜ言語的に孤立しているのか
    第八章 英語よりもなぜ日本語か
    第九章 どうする?国際化時代の英語
    教養としての言語学(鈴木孝夫/岩波新書)
    (本文引用)しかしこのように外来語の多用に対して、どちらかと言えば理解を示す私でも、絶対に望ましくないと思う、まったく無意味どころか有害この上もない併存型の濫用がある。それは「行政サイドと致しましても、タックスペイヤーのニーズに応えるべく、システム作りをシリアスに検討中であります」といった、耳を掩いたくなるような種類の日本語である。頭の中で日本語を出来るだけ多くの英語に置き換えるゲームをやっているとしか思えないような、この種の馬鹿げた傾向は私たちの日常生活の中に、いま疫病のように拡がりだしている。...
    まえがき
    第一章 記号としてのことば
    第二章 ことばの働きとあいさつ
    第三章 指示語のしくみ
    第四章 人称をめぐる諸問題
    第五章 「言語干渉」から見た外来語
    言語学とは何か(田中克彦/岩波新書/1993)
    (本文引用)...英語とははなはだしく構造の異なる言語を母語とする人が、英語人としてふるまうということは、つきつめて言えばその本性をかくして、あるいはその本性を一時的にせよ棚上げして英語人としてふるまう、ウソとは言わずとも仮の姿だということになる。...
    はじめに
    第一章 ソシュールの言語学
    第二章 アメリカの言語学
    第三章 言語の相対性と普遍性
    第四章 社会言語学
    第五章 クレオール学とソビエトの言語学
    おわりに
    あとがき
    はじめての言語学(黒田龍之助/講談社現代新書/2004)
    (本文引用)...言語学では、《美しい言語》も《汚い言語》もない。言語学はこのような評価を伴うことについて、何の判断も下さないことになっている。..(中略)..しかし、人はどうにも評価を下したがるところがある。何かにつけ優劣を決め、自分は有利なほうにいたいと思う。言語についてもそうで、自分が使っている言語は高く評価されたい。高い評価というのは相対的なものであるため、他の言語が低くならなければならない。..(中略)..自分が苦労せずに手に入れたもの、たとえば性別、人種、出身地、家柄、それに母語といったもので威張るのは卑怯である。その反対に、努力して身につけたもの、たとえば学歴、職業などと並んで外国語を自慢するのは嫌味である。...
    はじめに -言語学は科目である
    第1章 言語学をはじめる前に -ことばについて思い込んでいること
    第2章 言語学の考え方 -言語学にとって言語とは何か?
    第3章 言語学の聴き方 -音について
    第4章 言語学の捉え方 -文法と意味について
    第5章 言語学の分け方 -世界の言語をどう分類するか?
    第6章 言語学の使い方 -言語学がわかると何の得になるか?
    もっと言語学を知りたい人へ
    あとがき
    ソシュールと言語学 コトバはなぜ通じるのか(町田健/講談社現代新書/2004)
    (本文引用)...ソシュールの偉大なところは、比較言語学の方法に十分に熟達し、具体的な言語事実を客観的に処理する姿勢を身につけた上で、改めてコトバの普遍性の解明に挑戦しようとしたことです。単なる抽象的な議論を展開するのではなく、諸言語についての正確で幅広い知識をもとに、事実から一般的な性質を導き出すという確実な方法でコトバの普遍性に迫ろうとしたからこそ、ソシュールの学説が言語学に新たな展開をもたらすことができたのです。...
    はじめに -言語学は科目である
    第一章 ソシュールはこう考えた
    第二章 ソシュールの考えはどう継承されたか
    第三章 花開くソシュール
    第四章 構造主義言語学の課題
    あとがき
    言葉と無意識(丸山圭三郎/講談社現代新書/1987)
    (本文引用)...バタイユの言は、はからずも生(エロス)と切り離せない死(タナトス)の問題を提起する。…(中略)…ここにおいても私はあえて言おう、「死もまた言葉である」と。…(中略)…〈明日〉と〈昨日〉を知らない動物は、言葉が作り出した死におびえることもなければ、人間と同じ意味では死に到ることも決してない。谷川俊太郎氏も詩(うた)うように「鳥は生を名づけない/鳥はただ動いているだけだ/鳥は死を名づけない/鳥はただ動かなくなるだけだ。」...
    1. 情念という名の言葉―ロゴスとパトス
    2. ソシュール・人と思想
    3. アナグラムの謎
    4. 無意識の復権
    5. 文化と言葉と無意識
    言語の興亡(R.M.W.ディクソン/岩波新書/2001)
    (本文引用)...世界中で地域方言や社会方言がその言語の「標準」語に向かって収束しているという事実もある。相互に隔たってゆく方言から新しい言語が発達するものだが、逆に方言は今、収束に向かっている。言語は着実に失われつつあるだけでなく、新しい言語もまったく発達していないし、クレオール化によるものを除いて、今後発達する様子も見られない。…(中略)…世界中で平衡状態が中断された。今後再び平衡状態が回復する、または回復できるだろうという兆しはない。…(中略)…今の状況がこのまま変わらないとすれば、現在起きている中断期の最終段階では、最も大きな威信を持った、単一の世界言語が残っているだけの状態となってしまうだろう...
    第Ⅰ章 序説
    第Ⅱ章 ことばの伝播と言語圏
    第Ⅲ章 系統樹モデルはどこまで有効か
    第Ⅳ章 言語はどのように変化するか
    第Ⅴ章 断続平衡モデルとは何か
    第Ⅵ章 再び祖語について
    第Ⅶ章 近代西欧文明と言語
    第Ⅷ章 今、言語学は何を優先すべきか
    第Ⅸ章 まとめと展望
    補論 比較方法の発見手順で見誤ってしまうもの
    ことばと思考(今井むつみ/岩波新書/2010)
    (本文引用)...子どもは、母語の情報処理を効率よく行うことができるよう、母語にとって関連ある情報には注意を向け、関係ない情報には注意を向けないような情報処理システムを、非常に早い段階からつくり上げる。したがって、言語音声に対する注意と、音のカテゴリー化などの非常に細かいレベルでの認知処理は、この時点で、それぞれの言語で必要な情報処置を最も効率よく行うために、特別に調整されたものとなる。…中略…この、母語の情報処理を最大限に効率化するためにつくられたシステムは、必ずしも、外国語の音声処理や文法処理に最適なものとはいえない場合が多い。それどころかむしろ、外国語の情報処理にとって、必要な情報に注意を向けず、排除してしまう原因にもなっている。...
    序章 ことばから見る世界
    第一章 言語は世界を切り分ける――その多様性
    第二章 言語が異なれば、認識も異なるか
    第三章 言語の普遍性を探る
    第四章 子どもの思考はどう発達するか――ことばを学ぶなかで
    第五章 ことばは認識にどう影響するか
    終章 言語と思考――その関わり方の解明へ
    あとがき
    言語・思考・現実(B・L・ウォーフ/講談社学術文庫)
    (本文引用)...個々の言語の背景的な言語体系(つまり、その文法)は、単に考えを表明するためだけの再生の手段ではなくて、それ自身、考えを形成するものであり、個人の知的活動、すなわち、自分の得た印象を分析したり、自分の蓄えた知識を総合したりするための指針であり、手引きであるということがわかったのである。考えをまとめるということは、古い意味での厳密に理性的な独立の過程ではなく、個々の言語の文法の一部であって、文法が違えば多かれ少なかれ異なってくるものなのである。われわれは、生まれつき身につけた言語の規定する線にそって自然を分割する。われわれが現象世界から分離してくる範疇とか型が見つかるのは、それらが、観察者にすぐ面して存在しているからというのではない。そうではなくて、この世界というものは、さまざまな印象の変転きわまりない流れとして提示されており、それをわれわれの心――つまり、われわれの心の中にある言語体系というのと大体同じもの――が体系づけなくてはならないということなのである。...
    1. アメリカ・インディアンの宇宙像
    2. 原始共同体における思考の言語学的な考察
    3. 文法的範疇
    4. 習慣的な思考および行動と言語との関係
    5. 科学と言語学
    6. 言語と論理
    7. 言語と精神と現実