博多弁の系統と特徴

日本語の方言区画

 方言学では、日本語の方言を凡そ東日本・西日本・九州の三つの大区画に分けています(図1)。そしてそれぞれの中に更に細かい方言圏があり、その下に何々弁とかの各土地の方言が属する形になっています。室町時代(15世紀中頃)に三条西実隆(さねたか)という人が書いた『実隆公記』という書物に、連歌師の宗祇(そうぎ)から聞いた話として「京筑紫坂東」というのが載っているそうです。つまり方向を表す格助詞が京(畿内)、筑紫(九州)、坂東(東国)でそれぞれ違っているということですが、これは当時の人々が全国の方言を大雑把に三つに区分していたことを示す例です。現代でも上述のように東・西日本と九州という三区分をしているのを考えれば、言語的“伝統”の根強さを感じます。

図1 東條操の日本方言区画図

九州の方言区画

 上述のように九州地方は独立した一つの方言区画ですが、内部でさらに肥筑(ひちく)方言、豊日(ほうじつ)方言、薩隅(さつぐう)方言の三つの方言圏に大別されるそうです(図2)。博多が所在する福岡県には、肥筑と豊日の二大方言圏の境界が南北に走っていて、境界の東側の福岡県域の方言は豊前(ぶぜん)方言と()ばれ、これだけが肥筑方言ではなく、豊日方言の一派です。西側の肥筑方言の方の地域はさらに南北に分かれ、北を筑前(ちくぜん)方言、南を筑後(ちくご)方言と()びます(図3)。博多弁は、このうちの筑前方言の一派です。

図2 九州方言区画図3 福岡県の方言圏

 『福岡県のことば』の著者は、このような旧藩域に沿った分け方は現状と若干の誤差があるため、境界線を現代の各生活圏に基づいて引き直し、名称も東部方言、西部方言、南部方言に改めることを提唱しています(図3の太い破線)。同書によれば、概ね南部方言(筑後方言)が最も九州色が濃く、西部(筑前)→東部(豊前)と()くに(したが)って段々と中国・四国方言や共通語的な色彩が強くなり九州色が薄れるといいます。従って、北部(筑前)方言に属する博多弁は、全国一般にイメージされている“九州弁”ではあるけれども、南部(筑後)方言や肥筑方言内のその他の方言と(くら)べると、“九州色”は薄い方であると言うことができます。

博多弁の特徴

 では博多弁の特徴を音韻、語彙、語法の面から挙げてみましょう。

【音韻】

 (1)博多弁というよりは肥筑方言全体に通じる特徴として、「セ」の音の「シェ」化が有名でしょう。シェンシェー(先生)、シェンパイ(先輩)、シェンエン(千円)、ジェーキン(税金)とか、「~シマシェン(~しません)」などです。(しか)しこれも今となっては老齢層に残るのみとなってしまったようです。若い世代でも(わざ)とふざけて訛ってみせることもありますが(つまり喋ろうと思えば喋れますが)、「セ」「ゼ」と発音することの方が普通です。

 (2)アクセントはというと、博多弁が属する福岡県の西部方言(筑前方言)は東京式に準じるアクセントと云われます。但し南部方言(筑後方言)が単語固有のアクセントを持たない「無型アクセント」であるため、南部(筑後)に近付くほど型が曖昧になる「曖昧アクセント」になると云われています。“東京式に準じる”とは云っても、文になるとやはりこの地方特有のイントネーションがあります。判り易い例としては、福岡市出身の漫才師・博多華丸さんが話す時のあの味わいが典型的なものに思われます。(因みに大吉さんのはどちらかと云えば東部(豊前)方言のものに思います)。

【語彙】

 (1)古語がそのまま遺ったもの、例えば「おらぶ」(叫ぶ)、「まる」(大便をする)が顕著だろうと思います。また古い活用型が遺ったものとして、「()る」「()らん」があります。「()く」「()かん」に至っては、現在共通語では「好き」という形容動詞になり下がっているのに対し、博多弁ではいまだに動詞として現役です。「はわく」は本来の仮名遣いにすると恐らく「ははく」と書くべきもので(名詞形が「ははき(箒)」)、これも「()く」の古い形と思われます。「あげん」「そげん」「こげん」「どげん」、「あげな」「そげな」「こげな」「どげな」は、似たような語彙が全国至る所にあるところをみると、都の言葉ではないかも知れませんが、古語の残存といってもよいかも知れません。

 (2)古語または共通語と系統的に同じであるが、音韻が転じた形のものに、「いぼる」、「えずか」、「こわる」などがあります。「いぼる」は古語「うもる」の音韻転訛に因るものと思われます。「えずか」は、古語の「()づ」「(おど)す」と関係があり、形容詞化したものが訛ったものと考えられそうです。「こわる」は、疲労などで筋肉が「()る」「(こわ)ばる」の意ですが、本来は「こはる」と書くべきもので、古語の「(こは)し」とどうやら関係があり、「(こほ)る」とも通じるのではないかと思います。また打消しの推量または意志を表す「めい」は、「まい」の変形でしょう。「まい」は「まじ」から変化して出来たものです。「雨は降らんめい」(雨はふるまい)、「飯は食わんめい」(飯は食うまい)のように動詞に打消しの「ん」が附いた形に接続します。(ただ)これと並行して「雨は降るまい」、「飯は食うまい」も使われるので、両者が共存していると思います。

 (3)九州以外には殆ど見当たらない独特のものには、「~くさ」、「~たい」、「~ばい」、「~ばってん」があり、九州方言の典型としてよく取り上げられますが、博多弁でもこれらを使います。「俺んと」(私のもの)、「どこ行くと?」(どこ行くの?)などの「~と」は、どうやら北部(筑前)方言でのみ使われる特徴的なもののようです。

 (4)一部の格助詞も現代共通語と異なるものが使われる特徴があります。最も九州らしいのが、「を」のかわりに使う「ば」でしょう。これはいまだに全世代に亘って使われる根強いものです。「を」よりも「ば」の方が発音しやすいためではないかと思ったりします。また主格として時によっては「が」ではなく「の」が使われることがあります。(例)「山笠あるけん、博多たい」(山笠があるからこそ博多なのだ)。恐らく他地方から来た人には時に耳うるさく感じるのではないでしょうか。但し世代が若くなるにつれて使用頻度は減っていると思います。

【語法】

 (1)九州方言で最も特徴的なものの一つに、形容詞の「か」語尾化があろうかと思います。「よか(良)」「わるか(悪)」「はやか(速・早)」「おそか(遅・晩)」や、色の形容詞「しろか(白)」「くろか(黒)」「あかか(赤)」「あおか(青)」など全てが「~か」に交代します。勿論「いい」「わるい」「しろい」「くろい」も併用されますが、特に文章を形容詞で終える場合、「この魚うま~」というように語尾の「か」には文章全体を受ける詠嘆の助詞のような働きが生じることが多々あります。また新たに他所(よそ)から入ってきた形容詞、例えば「きもい」「うざい」などは「きも」「うざ」と言い替えることも可能です。

 (2)進行形と完了形の言い分けができるところも、一つの特徴と云えます。「よう(よる)」と「とう(とる)」です。「台風が()よう」は「台風が来つつある」という進行の意、「台風が()とう」は「台風が既に来た」という完了の意です。過去進行と過去完了の場合は、「よう」「とう」をそれぞれ過去形に活用すればよく、「台風が()よった」(台風が来つつあった)、「台風が()とった」(台風が既に来ていた)となります。

 (3)可能表現に〈能力可能〉の「きる」と〈状況可能〉の「るる(れる)」の2種類があります。「行ききる」は行為者に「行く」能力や「行く」勇気・度胸があるという意、「行かるる(行かれる)」は行為者の能力に関係なく状況がそれを許すという意です。〈主観的能力可能〉と〈客観的条件可能〉と()んでもよいかと思います。

 (4)「話法」という方がよいのかも知れませんが、次のような場合に「行く」ではなく「来る」を使います。A:「うちん方に遊びに()んね?」、B:「じゃあ明日()るけん」。英語で「I will come tomorrow」というのと同じ方向感覚です。

 (5)動詞や助動詞の命令形に、強めの命令(強制)と弱めの命令(忠告・勧誘)の違いがあります。殊に上一段、下一段、サ変の動詞には3種類の命令形があります。サ変「する」の命令形は「せろ」「せれ」「し」、上一段「見る」は「みろ」「みれ」「み」、下一段「出る」は「でろ」「でれ」「でり」などです。1つ目が最も強い命令口調、2つ目が中ぐらい、3つ目が最も優しいアドバイス口調になります。

 (6)「見よう」、「捨てよう」など共通語で一段活用動詞に続く意志・希望を表す「~よう」が「~ろう」に交替します。「見ろう」、「捨てろう」などです。

 以上、最も気が付き易いものをいくつか挙げましたが、博多弁の特徴はこれだけに留まらず、もっと沢山あるでしょう。


©2012 博多弁辞典